鎌倉文士と文化人ら〈上巻〉―鎌倉にこだわり、九十人(上巻五十人・下巻四十人余)のエピソード・住まい・恋・結婚・墓標などを記しました [単行本]
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鎌倉文士と文化人ら〈上巻〉―鎌倉にこだわり、九十人(上巻五十人・下巻四十人余)のエピソード・住まい・恋・結婚・墓標などを記しました [単行本]

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出版社:ユニプラン
販売開始日: 2022/02/15
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鎌倉文士と文化人ら〈上巻〉―鎌倉にこだわり、九十人(上巻五十人・下巻四十人余)のエピソード・住まい・恋・結婚・墓標などを記しました の 商品概要

  • 目次

    目次 P1
    生没年表 P2
    鎌倉地名地図 P4
    奥付 表3

    鎌倉市の成り立ちとゆかりの作家・文化人ら
      表2
    01 小杉天外と雪ノ下 P6
    02 黒田清輝と鎌倉と画家たち P10
    03 夏目漱石と円覚寺塔頭帰源院 P14
    04 陸奥広吉と寿福寺 P18
    05 井上剣花坊と建長寺 P20
    06 西田幾多郎と稲村ヶ崎 P23
    07 鈴木大拙と松ヶ岡文庫 P28
    08 島崎藤村と円覚寺塔頭帰源院 P32
    09 佐佐木信綱と東慶寺 P37
    10 泉鏡花と妙長寺 P40
    11 高浜虚子と虚子庵跡 P42
    (高浜虚子と御成小学校・虚子と對僊閣)
    12 蒲原有明と二階堂 P48
    13 四賀光子・太田水穂と東慶寺 P51
    14 有島武郎と円覚寺塔頭松嶺院 P54
    15 与謝野晶子と鎌倉大仏 P58
    16 昇曙夢と稲村ヶ崎 P62
    17 小山鼎浦と鼎浦庵 P64
    18 岩波茂雄と東慶寺 P66
    19 生田長江と長谷寺 P70
    20 有島生馬と「松の屋敷」 P73
    21 北大路魯山人と星岡窯 P77
    22 田村俊子と東慶寺 P80
    23 石橋湛山と鎌倉町会議員 P83
    24 荻原井泉水と鎌倉 P86
    25 武者小路実篤と光明寺 P89
    26 木下利玄と報国寺 P93
    27 萩原朔太郎と旅館「海月楼」 P96
    28 吉井勇と鎌倉の恋 P101
    29 葛西善蔵と宝珠院 P106
    30 長与善郎と由比ガ浜 P109
    31 高畠華宵と華宵御殿 P111
    32 里見と西御門自邸 P116
    33 岡本かの子と鎌倉駅「平野屋」 P121
    34 村松梢風と西御門 P125
    35 久保田万太郎と瑞泉寺 P128
    36 山川菊栄と極楽寺 P132
    37 久米正雄と長谷寺 P135
    38 広津和郎と鎌倉P141
    39 芥川龍之介と元八幡 P145
    40 三枝博音と鎌倉アカデミア P154
    41 尾崎喜八と明月谷戸 P157
  • 内容紹介

    明治22年(1889)6月16日、東京と軍港のある横須賀を結ぶ目的で、官設鉄道大船駅-横須賀駅の横須賀線開通時に、鎌倉駅が開業する。そして、観光地としての性格が急激に濃くなっていった。また、東京から至近の別荘地として、皇族・華族や政財界の有力者などの一部が別荘を構えるようになり、これらを相手とした観光産業が発展していった。なお、この横須賀線建設工事のため「段葛」は寸断された。

    ちなみに江之島電気鉄道路線(現・江ノ島電鉄線)は、明治43年(1910)11月4日に鎌倉方面へ延伸し、大町駅(現在は廃駅)-小町駅(鎌倉駅の前身にあたる、廃駅)間が開通し、これをもって全線開通する。

    横須賀線鎌倉駅設置で東京からの便がよくなり、文学者らがこの頃から鎌倉へ訪れるようになる。加えて横須賀線の本数増や、複線化(大正13年)、東京-横須賀間の電化(大正14年)、北鎌倉駅の本駅開設(昭和5年)等もあって、京浜方面や横須賀軍港への通勤を可能にし、海軍軍人や、俗にいう別荘族などの定住化が促進され、東京近郊のベッドタウンとしての性格が強くなっていった。

    大正12年(1923)9月1日、関東大震災の発生。鎌倉にも大きな被害あったが、この大震災をきっかけとして、壊滅状態となった東京に比べれば遥かに被害の少なかった鎌倉と浦和(現在のさいたま市浦和区)に多くの文化人が居を移す時代が到来する。大正後期のこの時期を中心とした鎌倉と浦和の文化人を、それぞれに「鎌倉文士」・「浦和画家」と呼ぶようになる。



    また、昭和11年(1936)1月には大船町に松竹の「大船撮影所」が竣工するなど鎌倉町とその周辺地域は、戸数や人口の増加のみならず、社会、文化両面で発展し、文学者や知識人、映画人・芸術家等の居住環境が次第に整えられていった。

    続いて、「三方を山に囲まれた鎌倉」の外側に位置する地域も市内に含まれるようになる。それは、昭和14年(1939)11月3日に鎌倉町と腰越町が合併し、鎌倉市(第1次鎌倉市)が誕生した。その後、昭和23年(1948)1月1日に深沢村、同年6月1日に大船町を編入して、現在の鎌倉市となった。

    このような経緯から、明治25年(1892)文芸雑誌「文学界」同人の星野天知が鎌倉の山荘に暮らしていたことから、島崎藤村ら多くの文化人も集った。明治27年、円覚寺に参禅した若き夏目漱石は、その体験を「門」に描き、大正8年(1919)有島武郎は「或る女」の後篇を執筆するために、円覚寺の塔頭に滞在した。高浜虚子は明治43年(1910)から一家をあげて鎌倉に移り住み、幾度かの転居を経つつも半世紀近くを由比ガ浜で過ごした。大正には有島生馬らが鎌倉に移り住んできた。昭和に入り、東京の都市化につれ、風光のよい鎌倉へ多くの文学者が移り住むようになった。鎌倉は多くの文学者らに愛され、作品に登場し、鎌倉は文学都市として成熟するようになっていく。

    ここでは、鎌倉にゆかりのある文学者らを紹介する。

鎌倉文士と文化人ら〈上巻〉―鎌倉にこだわり、九十人(上巻五十人・下巻四十人余)のエピソード・住まい・恋・結婚・墓標などを記しました の商品スペック

商品仕様
出版社名:ユニプラン ※出版地:京都
著者名:ユニプラン編集部(著)
発行年月日:2022/02/15
ISBN-10:4897045428
ISBN-13:9784897045429
判型:A5
発売社名:ユニプラン
対象:一般
発行形態:単行本
内容:日本文学評論・随筆
言語:日本語
ページ数:160ページ
縦:21cm
その他:鎌倉にこだわり、九十人〔上巻五十人・下巻四十人余〕のエピソード・住まい
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