豊臣一族徹底解読-ここまでわかった本当の姿 [単行本]

販売休止中です

    • 豊臣一族徹底解読-ここまでわかった本当の姿 [単行本]

    • ¥3,520106 ゴールドポイント(3%還元)

豊臣一族徹底解読-ここまでわかった本当の姿 [単行本]

堀新(編)井上泰至(編)


ゴールドポイントカード・プラスのクレジット決済で「書籍」を購入すると合計12%ゴールドポイント還元!合計12%還元書籍の購入はゴールドポイントカード・プラスのクレジット決済がお得です。
通常3%ゴールドポイント還元のところ、後日付与されるクレジット決済ポイント(1%)と特典ポイント(6%)、さらにご利用明細WEBチェックにご登録いただくと2%追加して合計12%ゴールドポイント還元!詳しくはこちら

価格:¥3,520(税込)
ゴールドポイント:106 ゴールドポイント(3%還元)(¥106相当)
日本全国配達料金無料
出版社:その他
販売開始日: 2026/10/05
お取り扱い: のお取り扱い商品です。
ご確認事項:返品不可

豊臣一族徹底解読-ここまでわかった本当の姿 [単行本] の 商品概要

  • 目次

    序──分裂する秀吉イメージを繋ぐには[井上泰至]

    一 「明るさ」と「人たらし」
    二 戦後社会における歴史と文学の間
    三 秀吉像の〈明〉と〈暗〉
    四 秀吉像の分裂の行方―本書の位置
    五 本書の構成

    第一部 主要人物

    【第一部では歴史学(実像編)と文学研究(虚像編)のそれぞれの立場から、豊臣一族の主要人物に光をあてる。】

    1 豊臣秀長

    【本当に秀長はただ秀吉の「陰」の人だったのかといえば、そうでもなかった。そこに「陰」を強調して、「光」をも浮き立たせる脚色の実態が見えてくる。】

    実像編[北川 央]
    【堺屋太一氏の小説『豊臣秀長 ある補佐役の生涯』がベストセラーになって以来、豊臣秀長には「名補佐役」のイメージが決定的となった。小説の中で堺屋氏は、秀長はあくまで「補佐役」であって「後継者」ではなく、決して「ナンバー1を目指すことはなかった」と述べた。史料からうかがい知れる秀長の実像は、果たして堺屋氏が小説に描くとおりの人物だったのであろうか。】

    一 秀吉の弟
    二 輝かしい戦歴
    三 華やかな経歴
    四 寺社政策
    五 秀長の後継者
    六 秀長の人物像

    虚像編 [井上泰至]
    【秀吉はその出自の低さと、その眩しい積極的活躍による「出世」において、日本史の「例外」といってよい。日本で英雄は、挫折して惜しまれ、崇められる存在であることが多い。秀吉のように現世で、あそこまで成功の果実を得て上り詰めた者はまずいない。その「光」が強ければ強いだけ、「影」の部分も濃くなる。秀吉政権の「影」を背負った秀長に注目した作家たちを中心に、その流れを一望してみよう。】

    一 誰が秀長に注目したのか
    二 影の人秀長の定位─司馬遼太郎
    三 秀長の意地と甘え
    四 王者の孤独に付き添う

    2 豊臣秀次

    【秀次の最期をめぐっては、今も研究者のあいだで、意見が割れている。秀長は秀吉の「光」を受けた陰の存在とみられがちだが、秀次は豊臣家の没落という、より大きな「陰」を背負わざるを得なかったのである。】

    実像編[金子 拓]
    【豊臣秀次は、秀吉の姉の子、つまり秀吉にとって甥にあたる。宮部氏や三好氏に養子に出されたあと、叔父秀吉により一軍を率いる将とされいくさに出た。しかし長久手合戦において手痛い敗北を喫し、厳しく叱責される。その後は近江や尾張を与えられるなど、子のいなかった秀吉の後継者と目され、官位も順調に昇進した。秀吉から関白職を譲られたものの、謀反の嫌疑を受けて自害するという波乱に富んだ生涯を送った。】

    一 豊臣秀次の略歴と父母兄弟
    二 長久手合戦以前の秀次
    三 長久手合戦における秀次
    四 秀次関白となる
    五 秀吉との確執から自害へ
    六 秀次の人物評価をめぐって

    虚像編 [菊池庸介]
    【豊臣秀次は、秀吉の後継として関白に就いたものの、秀吉ほどの存在感を示すことができなかったこともあり、太閤の傀儡の印象が強い。それはいっぽうでは指導者として凡庸な人物像を、いっぽうでは屈折した人物像を作り上げた。前者は関白就任前の小牧・長久手合戦の敗軍から、後者は秀吉への謀叛の志からうかがうことができる。近世文学作品では、少しずつ変化をつけながらこれら秀次像を描出している。】

    はじめに
    一 愚将・秀次
    二 謀叛人・秀次
    おわりに

    3 小早川秀秋

    【養子も婚礼も大名においては政略そのものである。秀秋は小早川家に養子に入ったが、あくまで豊臣家の一門でもあった。そこに秀秋の裏切りのイメージがでてまわることになる。武士のモラルが強化される江戸の平和が確立するほど、秀秋の悪と愚は強調されていく。】

    実像編[光成準治]
    【小早川秀秋(小早川家を継承したのは文禄三年(一五九四)、実名「秀秋」を称したのは慶長二年(一五九七)頃だが、本稿における実名表記は原則として、「秀秋」に統一する)は、慶長五年(一六〇〇)の関ヶ原合戦における裏切りで名高い。しかし、慶長七年に嗣子なく死没して家が断絶したため、秀秋に関する同時代史料は多くない。その結果、秀秋が秀吉の養子だったことは知られているが、養子となった時期や、秀吉実子誕生後の秀秋の処遇に関する研究は不十分である。そこで本稿では、小早川家継承以前の時期を中心に、豊臣一門としての秀秋の実像に迫っていきたい】

    一 秀秋の父木下家定と家定の伯父杉原家次
    二 秀秋の誕生
    三 幼少期の秀秋
    四 秀秋は秀吉の後継者とされていたのか
    五 秀秋の亀山への入部
    六 丹波亀山城主としての秀秋
    七 小早川家への入嗣
    八 なぜ毛利氏は秀秋入嗣を受け入れたのか
    おわりに

    虚像編[井上泰至]
    【秀秋の場合、関ケ原の合戦で演じた裏切り者のイメージが、決定的である。それも冷静沈着に事を行ったのならまだしも、一般に流布されるその像は、東西両軍のどちらについていいのか、阿鼻叫喚の戦況を松尾山から眺めながら右往左往した挙句、徳川家康から鉄砲を撃ちかけられて、ようやく松尾山を下りる決断をしたことになっているのだから、その凡庸さはいや増す。「天下分け目」の合戦が、このような不道徳な、かつ愚かさを伴った優柔不断によって決定づけられたことへの、怒り・不満・失望は、東西両軍どちらの贔屓の者にとっても沸き上がり、関ケ原が語られる度に、秀秋の汚名は増幅していく格好となる。】

    一 裏切り金吾の語られ方
    二 黒田家の影
    三 浅野家の立場
    四 演出者長政と「あほう」秀秋―司馬遼太郎

    4 豊臣秀頼

    【秀頼が生まれなかったら、秀吉がもう少し長く生きていたなら。歴史に「もし」はないものの、この二つの条件を考えたくなるほど、秀頼は微妙なタイミングで生をうけた。豊臣家の滅亡後は、モラルの観点から、家康政権に義があることを証明する役割を負わされてゆく。】

    実像編[遠藤珠紀]
    【豊臣秀頼は、文禄二年(一五九三)に太閤豊臣秀吉の子息として誕生した。父秀吉は新たに豊臣の姓を立て関白に就任した立志伝中の人物である。しかしすでに老境を迎え、甥の秀次を後継者として関白を譲っていた。そうした中で誕生した秀頼は、どのように遇されたのだろうか。ここでは主に朝廷官位や摂関家との姻戚関係などに注目して追ってみたい。】

    一 誕生
    二 秀頼の初参内に至るまで
    三 初めての参内
    四 元服
    五 その後の昇進
    六 秀頼は摂関家の嫡子として扱われたか
    七 秀頼の誕生による秀吉一族の変化
    八 五摂家との関係
    九 秀吉死後

    虚像編[湯浅佳子]
    【近世前期(寛永期以降頃)成立の『秀頼事記』(『豊内記』とも)は、大坂の陣の顛末を豊臣秀頼に焦点を当てて記した軍記である。秀頼はなぜ大坂城明け渡しを最後まで拒んだのか。自害の時何を思ったのか。本稿では、後続の軍記・実録類に大きな影響を与えた『秀頼事記』の秀頼像について、周辺書との関連をふまえながら考える。】

    はじめに
    一 『秀頼事記』の構成・典拠
    二 『秀頼事記』と儒学思想
    三 『秀頼事記』と『太閤記』
    四 『秀頼事記』の秀頼描写
    おわりに

    5 北政所

    【この女性は淀殿と比べて考えられることが多かった。勢い豊臣家滅亡の責任を負わない彼女は、賢婦人として光が当たっていく。二人の女性が考えた「豊臣家」とはどう重なり、どう異なっていたのだろう。】

    実像編[堀 新]
    【北政所(祢々)はは豊臣秀吉の正室である。しかし実名や生年についてすら諸説あるのが現状である。また、秀吉と恋愛結婚をした糟糠の妻というイメージや、秀吉の死後は淀殿と対立し、ひいては結果的に豊臣家を滅亡させたともされている。これらの見直しが進められているが、その実像はどのようなものであろうか。】

    一 「ねね」か「おね」か「ねい」か
    二 北政所と秀吉
    三 北政所と淀殿

    虚像編[網野可苗] 
    【秀吉と祢々は、貧しい頃から二人三脚で歩んだ夫婦であったという。ただその結婚の経緯には意外にも謎が多い。それを見逃さずに逸話を形成したのが江戸時代の小説類であった。器量よしとされた祢々が「猿面貧賤」の男と夫婦になるまでの物語と、「賢夫人」と言われた妻としての祢々像を追う。】

    一 恋愛結婚?
    二 間違いの婚礼
    三 近代小説にみる二人の出会い
    四 「賢夫人」としての姿
    五 江戸時代の人々にとっての祢々

    6 淀殿

    【豊臣家の滅亡は、淀殿一人の責任にされることが多い。秀頼に責任はなかったのか? なぜ淀殿一人に責任が負わされるのか?そこにこの女性への脚色が、娘・側室・母の三つの面からふくらむ原因もあったように思われる。】

    実像編[桐野作人]
    【二度の落城、父母の自刃という苛酷な前史を背負いながら、豊臣秀吉の寵愛を受け、二子を産んだ浅井茶々こと淀殿。浅井三姉妹の長女として、その波瀾の生涯を追う。その地位は側室ではなく別妻であること。秀頼は実子か否か? 北政所(ねね)との関係はいかなるものだったか? 大坂の両陣まで徳川政権への服従を拒絶した生き様に迫る。】

    一 生誕年と呼称
    二 母の死から秀吉の庇護
    三 鶴松の夭逝と秀頼の誕生
    四 淀殿と北政所の連携―大津城の和議
    五 二条城での秀頼・家康会見と淀殿
    六 家老片桐且元との決裂
    七 大坂の両陣と淀殿の最期

    虚像編[湯浅佳子]
    【豊臣秀吉の側室であり秀頼の母でもある淀には、大坂城の女主人として徳川家康に対抗し、大坂落城とともに自害した負けん気の強い女性のイメージがある。では近世期の記録や文芸の中で淀はどのように描かれたのか。本稿では特に大坂の陣ものの軍記・軍談類に注目し、それらにおける淀の人物描写の展開の様相を考察する。】

    はじめに
    一 史料における淀
    二 軍記における淀
    三 軍談・講釈書における淀
    おわりに

    7 千利休

    【芭蕉も尊敬したアーティストだった利休。しかし、彼は芭蕉と違って生々しい面を持っていた。政治に絡んだからである。そのことがかえって利休を茶道の大成者としてイメージしていく原因になったとすれば、まことに皮肉なことと言わなければならない。】

    実像編[吉田 豊]
    【九州から大坂城までやってきた大友宗麟は、秀長から「内々の儀は宗易(利休)、公儀のことは宰相(秀長)存じ候」と言われ、「宗易ならでは関白様(秀吉)へ一言も申し上げる人なし」と見た。茶人でしかない利休の、驚くほどの権勢である。その利休が秀吉に突如切腹を命じられるのは、それから五年ほど後のことであった。】

    一 内々の儀は宗易
    二 利休と秀長
    三 茶人としての利休
    四 天下人の側近たち
    五 最晩年の利休

    虚像編[石塚 修]
    【日本の伝統文化を代表する茶の湯にたいする現代人の持つイメージは、草葺きの茶室で見方によっては貧相な茶道具をありがたがっている不思議な世界ということになるだろう。たしかに茶会での和装の令婦人たちにその派手やかさを見ることはあるかもしれないが、雰囲気としては西洋の舞踏会のような社交界とは縁遠い。そのイメージの淵源にいるのが千利休なのである。】

    一 利休と「わび茶」
    二 利休と茶書

    8 藤堂高虎

    【高虎の武功については謎が多く、江戸期の家譜等形成にともなう増補が多い。むしろ、利休らを通した茶の文化とネットワーク、それに築城に代表されるテクノクラートとして、彼は実に有能だったのである。】

    実像編[太田浩司]
    【第二代将軍徳川秀忠の治世である元和三年(一六一七)、伊勢国・伊賀国で三二万石余の知行を得た藤堂高虎。徳川家康からの信頼も篤かった彼の築城術は、豊臣秀長の家臣として数々の城攻めや戦闘にたずさわった経験から得られたものであった。その秀長家臣時代の履歴は、藤堂藩に残された伝記に頼らざるを得ない。ここでは、伝記を検証しつつ秀長家臣時代の高虎を顧みる。】

    一 藤堂高虎の前半生
    二 高虎の出生地
    三 武家奉公の変遷
    四 秀長家臣として但馬攻めへ
    五 三木城攻めの戦功
    六 鳥取城攻めから高松城攻めへ
    七 賤ヶ岳合戦前の伊勢攻め
    八 紀州攻めと和歌山築城
    九 四国攻めから紀州一揆の掃討
    十 九州攻めと高虎
    十一 秀長死去から秀保家臣へ
    十二 秀吉・家康の家臣へ
    十三 高虎の人物像

    虚像編[井上泰至]
    【刀傷の絶えなかった高虎、戦場でも機転のきく高虎、転々と主君を変える高虎、秀長には忠誠を誓った高虎、築城の名手高虎。多面的な高虎像を集約するのは難しい。ただし、秀長・家康という常識人を主君に持ったとき、高虎の持ち味は出てくるようだ。秀長から高虎へ、調整の人という視点が浮かんでくるが、そこに焦点を絞っていったのも、また司馬遼太郎であった。】

    一 高虎の記憶
    二 傷を負っても機転の利く男
    三 賤ヶ岳の秀長から学ぶ
    四 むじなに似た周旋をする男
    五 築城の名手

    9 小堀正一(遠州)

    【高虎の建築の力をさぐるのに、遠州の存在は欠かせない。それはこの家の文化から芭蕉が登場することにもつながるのだろう。】

    実像編[太田浩司]
    【小堀遠州は、秀長の重臣だった小堀正次の長男。実名は正一で、遠州は「遠江守」の略である。茶道と作庭で知られるが、普請(土木工事)・作事(建設工事)のプロで、江戸幕府の技術官僚だった。その遠州が、父と同じく秀長重臣であった藤堂高虎に送った書状が最近発見された。その書状を読み解くことで、秀長の遺臣たちが、徳川政権下で「大坂幕府構想」を抱いていたことが知られる。その発想は、まさに秀長家臣として出発した彼らの経歴から生まれたものだった。】

    一 藤堂高虎宛ての小堀遠州書状
    二 遠州誕生から大和郡山時代
    三 高仁親王への進物をめぐって
  • 内容紹介

    「チーム秀吉」の全貌がわかる。
    信長から秀吉、そして家康へ。権力が移り変わるとき、豊臣一族は人々にいかに記録され、描き記されたのか──。

    秀長・秀次・北政所・千利休・淀殿・秀頼・高虎・遠州…。〈チーム秀吉〉の人々や『太閤記』などの文学作品、合戦図屏風、城郭、服装など、歴史学と文学の融合という新たな研究潮流から豊臣一族を徹底的に読みとく。

    これから豊臣一族について知りたい人、これまで抱いていた豊臣一族像をアップデートしたい人にとって必携の一冊。

    執筆は、堀 新/井上泰至/北川央/金子拓/菊池庸介/光成準治/遠藤珠紀/湯浅佳子/網野可苗/桐野作人/吉田豊/石塚修/太田浩司/荻原大地/竹内洪介/和田裕弘/長崎巌/高木浩明/黒田智/岡野有里香/高橋修/福井智英/松下浩/河内将芳/岡嶋大峰/宮崎博司/山田邦和/川西裕也。

    大河ドラマ「豊臣兄弟!」が100倍面白くなる、研究の最前線がわかる!

    「序──分裂する秀吉イメージを繋ぐには」より
    【第一部では秀長・秀次・秀秋・秀頼ら主要人物について、史実に基づく「実像」と後世に形成された「虚像」を対比的に提示し、人物像の乖離とその背景を明らかにした。第三部でも『太閤記』などの文学史料を対象に、同様に実像と虚像の差異を読み解き、言説の生成過程を検証した。一方、第二部は一族の周辺へと視野を広げ、家族関係や社会的基盤を補足し、第四部では肖像画や合戦図屏風といった視覚資料からイメージ形成のあり方を分析した。さらに第五部では城郭研究の成果を通じて権力の空間的実態を示した。以上により、史料批判と表象分析を接続し、豊臣一族をめぐる歴史像の総合的な再構築を試みた。その全体からチーム秀吉を捉えられるようにした。】
  • 著者について

    堀 新 (ホリ シン)
    1961年生まれ。共立女子大学教授。著書に『信長公記を読む』(吉川弘文館、2009年)、『天下統一から鎖国へ 日本中世の歴史7』(吉川弘文館、2010年)、『織豊期王権論』(校倉書房、2011年)、『戦国合戦図屛風・絵巻を読む』(勉誠社、2026年)、共編著に『近世国家 展望日本の歴史13』(共編、東京堂出版、2000年)、『消された秀吉の真実 徳川史観を越えて』(共編、柏書房、2011年)、『岩波講座 日本歴史 第10巻 近世1』(共著、岩波書店、2014年)、『秀吉の虚像と実像』(共編、笠間書院、2016年)、『信長徹底解読 ここまでわかった本当の姿』(共編、文学通信、2020年)、『家康徹底解読 ここまでわかった本当の姿』(共編、文学通信、2023年)など。

    井上泰至 (イノウエ ヤスシ)
    1961年生まれ。日本文学研究者。著書に、『サムライの書斎 江戸武家文人列伝』(ぺりかん社、2007年)、『江戸の発禁本』(角川選書、2013年)、『近世刊行軍書論 教訓・娯楽・考証』(笠間書院、2014年)、共編著に、『秀吉の対外戦争 変容する語りとイメージ 前近代日朝の言説空間』(共著、笠間書院、2011年)、『秀吉の虚像と実像』(共編、笠間書院、2016年)、『関ヶ原はいかに語られたか』(編著、勉誠出版、2017年)、『関ヶ原合戦を読む 慶長軍記翻刻・解説』(共編、勉誠出版、2019年)、『信長徹底解読 ここまでわかった本当の姿』(共編、文学通信、2020年)、『家康徹底解読 ここまでわかった本当の姿』(共編、文学通信、2023年)など。

豊臣一族徹底解読-ここまでわかった本当の姿 [単行本] の商品スペック

商品仕様
出版社名:文学通信
著者名:堀新(編)/井上泰至(編)
発行年月日:2026/09
ISBN-10:4867661287
ISBN-13:9784867661284
判型:A5
発売社名:文学通信
対象:一般
発行形態:単行本
内容:日本歴史
言語:日本語
ページ数:416ページ
他のその他の書籍を探す

    その他 豊臣一族徹底解読-ここまでわかった本当の姿 [単行本] に関するレビューとQ&A

    商品に関するご意見やご感想、購入者への質問をお待ちしています!